top of page

地震の音と繋がり(長文注意)

2018年6月18日7時58分

大阪北部で地震が発生しました。

この人生で大きく体感記憶している地震は

人によって何度あるのだろうか?

小さい頃に、1度泣き叫んで母親に抱きついた記憶がある

見える画面が斜めだったような記憶。

2度目は愛知県豊橋に住んでいた時に

阪神淡路大震災の揺れが早朝来て飛び上がった。

3度目があの津波のあった東日本大震災である。

どれも震源地から遠く離れていても揺れた。

今回は4度目の経験である。

震源地により近い大阪北部の地震で高槻が震源地らしい。

震度6弱の揺れだったそうだ。

実際に私の自宅は震源地から南にあり

大きな川があるからか?

揺れは確かに大きかったが

ものが倒れるほどではなかった。

その日、私がいた場所は13階のベランダである。

その時間、メダカや草木の手入れをして

ベランダの掃除が終わりかけた頃でした。

朝の五時頃に目が冷めた私は、

天気予報では雨が降ると出ていたので

犬の散歩も早めに済ませていました。

そして、その時間はベランダに…

風?とともに「ゴー!」と

まるで台風のような音が響き続いていました。

その音が長く感じたので、ん?どこから音がする?と

私は街を眺め異変に気が付きます。

街全体から響き渡る音と

マンションの軋む音も激しくなり部屋に入りました。

愛犬を探し抱きかかえ

ソファーに座ると揺れは収まりつつありましたが

音楽をかけていたはずのアレクサも音が切れ

携帯からはサイレンが鳴り、

すぐ手にして震源地を確認です。

TVをつけ

情報を見て驚くのは震源地が大阪であることでした。

私が住んでいるのは西区です。

それでも目と鼻の先で、

いつも景色を眺めているのは北の空でした。

今回の地震は大きな揺れよりも

小刻みな大きな揺れを感じました。

動いていたせいもあり体感は弱くなっているかもしれません。

それでも、音に敏感な愛犬は逃げ惑っていました。

大地が揺れるとは恐ろしいものです。

地震は地球規模で見れば軽いくしゃみなのかもしれないが、

地球規模で捉えた私達はミクロの存在です。

しかし人間には死活問題である。

私の場所は、電気ガス水道はもちろん大丈夫でした。(震度4?)

エレベーターのみ使えない状態でした。

今後の余震も気になるので、

地震計live配信をパソコンで流しながら

TV情報をみていました。(YouTube)

TV放送よりも情報が早いので活用している。

真っ先に名古屋の妹から大丈夫?とLINEがありました。

ご近所の人からもLINEがあり、やり取りの中

大阪震度5弱だった友人から電話がありました。

私の場所より揺れがひどいのに、人を想い電話確認でした。

固定電話が使えないと連絡ができない人の話も耳にして

被害がわからないので、

「水だけは貯めよう!」とすぐ電話を切りました。

こんな時の人の声を聴く事は安心もするものですね。

繋がり感を実感です。(安堵)

携帯が使え、電気もあるので情報が入ります。

私の心は(メンタル)

情報と誰かと繋がり合うことで気持ちは落ち着いているようでした。

そして愛犬と共になので一人ではないという孤独でもなく

とにかくLINEで沢山の人とやり取りをしている事で時間がすぎるのでした。

地元名古屋からはメディアを通して

とんでもないことになっているけど、と連絡が…

現地に近い私の情報より外から入る情報は悲惨なものでした。

その情報は震源地のものだからなのですが、

時間がすぎればすぎるほどその詳細が明らかになってきました。

情報は個人で1局のTVからよりも

地方の他の目からの情報もLINEで驚くことばかりでした。

次に私がした行為は

自分が気になる人達へ連絡をしました。

(連絡が無い人へ…)

お互い思い出す人は違うのである。(笑)

15分ほどしてからか?

同時にエレベーターが止まっているので

誰かが閉じ込められていないか耳を澄ませ確認をして…

(静かだから一安心)

私の場合は

他人に目が向くのは3段階目なのかもしれない。(笑)

身近な犬→思い出す人→他人

私の安全地帯は自宅と思っています。

エレベーターが回復したのも夕方で、その日は自宅でおとなしく。

情報を眺めては、余震に怯えるのでした。

次の日の予定もしばらくは注意と想い

キャンセルしたほどなのですが…

世間では地震のその日も仕事に向かう人がほとんどだったようで

ありがたい暮らしをしていると今の自分を見つめたり

数日は揺れるであろうと緊張感の数日でした。

トラウマからか?

自宅から出ることに抵抗感も感じたり

(弱いメンタルです(笑))

3日後、震源地に近い

私の自宅から16キロ離れた友人に会いました。

元気な姿も確認ですが地震の話も耳にしたくて…

彼女からは、阪神淡路大震災の話も聞いていたので

こんな大きな揺れを2回も経験するなんて、メンタル的に心配でした。

今回は私の自宅は震源地から30キロ。

彼女の自宅と震源地の距離は18キロほどです。

話を聞いていても、揺れの違いを感じます。

気象庁の発表では彼女の場所は5弱となっているらしい。

しかし、彼女いわく5強はある!と語っていました。(笑)

話を聞いていても揺れの状態は違いました。

マンションが潰れるのではないか?と

玄関のドアを開けに行ったとか、

前回の淡路の地震では出られなくなったそうです。

その経験から、次の行動がしっかり現れていました。

彼女の友人や知人の体験話も聞いて

追体験したのは言うでもありません。

彼女の情報網はTwitterをうまく活用していました。

しかし私は、Twitterをうまく活用できないまま

情報を手にすることができていません。

Twitterは吐き出すものと活用しているからでしょうか?

今回の件でも、少し反省です。

SNSを活用できていないとまたまた知るのでした。

地震から6日目

友人が万博公園にある

民芸博物館へ行きたいと言い出しました。

北へ向かうことは震源地に向かうことになるのですが…

その友人はより大阪市内の南に住んでいたのと

寝ていたせいか?

今回の地震の恐怖を感じていませんでした。

数字で言われた震度より

体感した震度の温度差を感じます。(笑)

震源地に近い場所へ行きたいという友人

笑い事ではなく「え?」とも想いましたが

そんな友人も何かしら行きたいという意味があるかな?と

観察ついでにでかけました。

その日も、現地ではガスが止まっている地域があると

ニュースで流れていました。

案の定

まず万博公園にある民芸博物館は

休館でした。(笑)

あれこれ倒れたらしい。

メドがついていないという。

その隣りにある、ショッピングセンターに入ると

今日からオープンだと耳にします。

妄想ですが、いろいろ倒れただろうな〜

メンテナンスとか後片付けやら大変だったと感じたり

その隣に生きているミュージアム「ニフレル」があり

その日の友人は、ここへ行こうと言い出します。

その場所も今日から再開と話していました。

水槽があり、

並々の海水が入っているゾーンを見ては

妄想する。

(溢れただろうと…)

あるゾーンでは、

ワオキツネザル、ペリカン、カピバラさん

その他が共同生活している空間がある。

ここは、平和な感じがする空間でしたが、

地震のとき、この子達もびっくりしただろうな。と

種族が違えど、みんなと一緒とは素敵な光景です。

監視のおね〜さんに地震の事や猿の話を少しだけ聞いてみました。

ワオキツネザルは皆オスらしく、

メスがいなければ争いがないらしい(笑)

あら?本能ね。

ぜひぜひこの空間はオススメです。

モニターが壊れたまま上映されていたのですが

それも地震の影響とかでした。

私にとっては、そんな様子も今日を感じ思い出になります。

その後、雨がひどい中

観覧車に乗ろうよ!と言い出す友人。

え?余震が来たらどうするの?

止まってしまうよ!と、心では不安になる。

何かあってはいけないと、トイレを済ませてお茶を買った。

観覧車に乗ると、水を1本ずつ頂いた。

(プレゼントです!)と…

理由は聞いていないが…

勝手に、私はそうゆうことね。と納得する。

もしも余震が来たら、止まる。

しばらく止まるはず。

その時のもので水ではないか?と私は思うのですが

友人は「そう?」と呑気なものでした。

しかし、そんな配慮もありの運営にも

企業努力を感じずにはいられない。

今回の地震では

人それぞれの感じ方があり

人それぞれのその後の過ごし方があり

その中で、人との繋がりで

心が安らげ、不安感が消える事から

声掛けの大切さや、

声掛けができるLINE(携帯)のありがたさ

繋がりあえるSNSの時代に感謝でもある。

基地局が破壊されない限りではあるが…

災害フリーWi-Fiがあるらしい

開放されるWi-Fiとか

00000JAPAN  

人に電波に情報に

繋がる事に感謝である。

特集記事
Check back soon
Once posts are published, you’ll see them here.
最新記事
アーカイブ
タグから検索
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page